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創価彼との将来に悩むログ

無宗教アラサー女が創価3世の彼との将来に悩む過程の記録、頭の中の整理、捌け口。

聖教新聞を実際に見た話

今回はわりと批判的なないようになります、多分。

 

私が週末に予定がある日が続いてなかなか会って話せなかったので、会うまでに電話で話たりしていたんだけど、やっぱり一人で考えてるのはつらいし疲れる。

 

そういう時に心の支えになってくれるのはやっぱり彼の存在でした。彼のことで悩んでるのに皮肉なものだな!!!!!

 

私が彼と向き合って創価学会のことを知っていく、批判的なものも読むし、実際彼の話を聞いたり自分の目で見たりしていきたい。それは全部等しく、私にとっては情報のひとつにすぎないし、そこから何を重要と思って選び取るかは私の自由にさせてほしい。

 

というようなことをとりあえず彼に伝えました。

伝えることに意味があったのかはわからないけど、自分自身の決意?として。

 

彼はわかった、でも(悪い)情報を鵜呑みにしないでほしい。と言ってました。

その情報っていうのは私にとっては創価側の意見のことでもあるんですけどね!!(笑

多分、彼も頭では理解できても心で同意できないんだろうなと思います。

 

アンチ創価側の意見はいろいろ散らばってるけど、じゃあ実際の創価学会を見るためにどうしようかと考えたときに、一番手っ取り早く知ることができるのがまず聖教新聞だと思いました。

ちょうど彼の家にも行く機会が多いので、今度家に行った時に見せて欲しいと伝えました。

 

彼は、ここにはこういうことが載っていて、日ごとにこういう項目が載るんだよ、こういう普通の記事とかもあってね、と事細かに説明してくれました。ありがとう。ごめんね。全然耳にのこらない。

 

見せて欲しいとは言ったものの、そもそも宗教云々に興味がない私が聖教新聞に興味を惹かれるわけがなかった。。。

 

 

とりあえず、彼が用意していてくれた聖教新聞PR版なるもの(初心者向けの聖教新聞簡易版みたいなやつ)をもらって帰りました。

 

家に帰って、一番気になっていた信仰体験のページを読みました。

内容は、簡単に言うと、息子は不登校引きこもり、夫はギャンブルで借金をこさえ、希望を失った女性会員の話で、ご本尊様に向かって唱題をし信心をすることで反省をしたり、自分の行動を見つめ返し、それによって息子も次第に自分の生活意識を見直すようになり、結果として大学に合格、(母がなりたいと言った弁護士の夢を代わりに)司法試験にも合格、今は幸せな生活をしている。。みたいな感じでした。

 

確かに、唱題することが自分のことを見つめ返し反省したり、新たな目標を立てたり、じっくり考えることで気づくことがあったりする大事な時間にはなると思います。

でも、なんというか、唱題をすることによって具体的にどう気持ちが変化しどのような行動をしてどう変わったのか、が端折られている感じがしました。

私は本来そこが一番大事な部分で励まされる部分ではないのかなと思います。

そこが端折られることによって、人の目には「一生懸命祈って唱題したら幸せになれた!」と映るのではないかなと思います。少なくとも、私はそう感じました。

気持ちが大事と(彼は)言っているわりには、結果主義のように思えて、違和感を覚えました。

 

逆に、創価の人達はほんとにこの記事で学会の良さを伝わると思ってるのか??伝える気があるのか?

いくら簡易版だとしても、本当に良さを伝えたいのなら、体験の結果だけでなく過程でもっとしっかり説明してほしい。これを読んで、すごい!自分もがんばって勤行しよう!!と思うとすれば、なんて浅はかな・・・私はそう思いました。

 

この記事で伝えたいのはそういうことじゃないのかな・・・私の考えが屈折してるだけなのかな・・・正直内容の薄さにがっかりしました。もっと熱量のあるものだと思ってた。私が期待しすぎただけなのか・・・

これで入会しようと思う人がいたとして、それは彼の言う「本当に良いと思ってからやってほしい」に当てはまるのだろうか。

やってみて次第に良さを感じていって欲しい、そう言われたとしても、やっぱり「良いと思ってから」という部分には反すると思います。

 

 

これを彼にどう伝えたらいいものか。余計なことは言わず、私の心の内だけに閉まっておく方がいいのかな。。うーーーーん。

 

 

あと、やっぱり自分の家に聖教新聞があるのが気持ち悪いなと思う。どうしても。

前に職場で自己啓発の思想寄りな本をもらったことがあるけど、目につくところに置いておくのが嫌で、押し入れの奥にしまったことがあります。私は人生を豊かに!とか幸せになるために!とか、具体的な方法論ではなく思想的な意識高め?な自己啓発みたいなものにとても嫌悪感を抱きますし、気持ち悪いなとすら思うタイプの人間です。

自分でもそれが何故か聞かれるとわからないんですが、気持ち悪くなるんです。

 

入院ができるタイプの大きい病院に長くいると、気分が悪くなったり、貧血を起こしたりするんですが、ちょっとそれに似てる。

 

 

小さい子供が「ピーマンキライ!」ていうのと同じで、特に経緯や原因はないけど苦いものが苦手だったり、食べ物の好みだったり、多分そういうのと同じなんだろうなと自分の中では思ってます。

 

 

それってつまり、知ったところで受け入れられないんじゃ。。。

 

これからも一緒にいるために、二人で一番良いと思える着地点をみつけるはずが、その着地点が別れになりそうで、知るのがこわくなってしまいました。。。

 

 

ここ最近、本を読んだり、新聞を読んでみたり、彼と話し合ったり、情報を一気に得すぎて考えることが多く、疲れてしまったので、何も考えなくていい時間が欲しい。。。